書評日記 第497冊
おはよう寄生虫さん 亀戸了
講談社α文庫 ISBN4-06-256163-8

 先日、目黒寄生虫博物館に行った時に買った本。
 
 この本自体には写真とか図解がないので、これだけではおもしろくない。やはり、寄生虫博物館に行って白い回虫、白い条虫、を見てから読むと、とても良く分かって面白い。…良く分かったから、どう、ということはないのかもしれないが。
 
 初出が相当古いので話は明治時代のものが多い。著者&研究者&医師である亀戸了(かめいどとおる)がどのように寄生虫に興味を持ち、どのように彼以前の人たちが業績を重ねていったかが解かる。いわば、寄生虫学の枯れた歴史を眺めるような感じである。
 と、「枯れた」という言葉を使ってしまうが、寄生虫の学問は瀕死の状態であるらしい。というのも、最近では衛生状態が良くなって、いかもの喰いの人たち(川魚を生で食べてしまうとか、ブリを生で食べてしまうとかいう、「新鮮」大好きな人たち)を除けば、寄生虫に悩まされることはない。まあ、ペットである猫や犬から感染することもあるし、砂場で遊べば猫の糞から感染することもあるのだから、皆無とはいえないのだが、駆虫剤が発達している(と書いてある。私は見たことがない)今となっては、早期感染&早期治療にて完治するらしいので問題はない。もちろん、死に至る寄生虫もあるのだが。
 
 と、学術的な前半を過ぎると、のんびりと寄生虫狩りや標本になる寄生虫を探して奔走している亀戸了(呼び捨てで書いているが、現在90歳近い)は、なんか医療のために働いている学者というよりも、寄生虫を拾ってきては嬉々としている南方熊楠のような存在感がある。老人力という新語も付け加えておこう。非常にたのしげであり、助手達と魚の解剖をするさまは、江戸時代の解剖への興味本位な視線さえ思わせる。
 んがしかし、最新流行だとか遺伝子学だとか、全く関係なくひとつの学問が明治時代に始まって、日常的な衛生基準が高くなって徐々に枯れていく学問の姿がこの本には詰まっている。…いや、それほど薄暮ではないのだろうが、そんな感触を私は持った。
 ウィルス全盛のこの時代の病気に対して、寄生虫の病気は微笑ましく見えるのか。

update: 1999/05/25
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