書評日記 第110冊
眠れぬ夜の小さなお話 原由子
角川文庫

 理想的な夫婦像を挙げるとすれば、
俺は、原由子&桑田佳祐です。

 いきなし、余談ですが、ロックっていうのは3コードしかありません。
そう、ブルース・ギターと一緒ね。いつまでたっても、3コードしか
ありません。でも、サザンオールスターズって、たった3コードしかない中で、
いろんな曲を作ります。ま、リズムが同じだから、聴いてしまえば、
皆同じ、という感じなんですけど。

 日本人は、センチメンタル大好き民族です。虫の鳴き声をまさしく「声」として、
つまり、左脳で捉えます。ま、それはいいとして、そんな感傷的な民族だから、
バラードを作るのは大の得意です。
鼻歌を歌えば、あっという間にバラードになります。
 でも、世の中バラードばかりでは、単になよなよしているだけです。
がっと鳴って、ぎゅうぃいんと鳴るギターや、ばかばかしいカッティングが、
ロックのアホなリズムを支えます。いや、なんというか、
頭がパーになる感じが、とっても好きです。そんな騒々しい音楽の中で、
サザンのレコードには、10曲中1曲だけ、バラードが入っています。
ほっとするのは、たまーにで、いいわけです。
普段はね、ばりばりにやってないと。

 そういうわけで、本日の一冊は、原由子の「眠れぬ夜の小さなお話」です。
えーと、お話なので、速読してしまうと、あっという間に終わってしまいます。
ま、俺としては、読むというよりも、
ただ、持っておこうかなあ、と思っただけです。
 一応、中身を説明すれば、「ネコクンの日常」のお話です。
だれでも作れるような話を、絵本風にまとめてあります。

 母親の読み聞かせ、みたいなのは、こんな感じだと思います。
記憶はさだかではないのですが、俺も、幼稚園までは、絵本を読んで貰いました。
最近の子は、利発だし、英語を習っていたりするので、ひらがなは当然読める、
なーんてことになっていると思いますが、自分で読むのと、ひとに読んで貰う
のとでは、かなり違いがあります。
 最近、機会さえあれば、聞いてまわっているのですが、
俺は、こうやって、日記を書いたり、人の日記を読んだり、小説を読んだり、
そういう時には、「声」が聞こえます。自分で書いている時は、自分の声が、
手紙を読んでいるときは相手の声が、小説の場合は、作家の声や、役者の声が
聞こえます。
でも、意外とここまではっきりと聞こえる方は少ないようです。
全く聞こえないような方もいます。

 音楽を聞いている時も、覚えてしまうと、頭の中で再現できます。
オーケストラでも大丈夫です。音量を最大にして、耳を覆いたくなるぐらいの
音にも出来ます。

 たぶん、ほんとうに、俺の私見なのですが、それって、
幼少の頃の「読み聞かせ」が重要なポイントになっているのではないでしょうか。
自分以外の存在としての母親や父親が、お話をする、読み聞かせるということは、
そういう効用(?)があると思うのですが、うーむ、なんの役に立つのか、
解りませんが・・・少なくとも、俺は役に立っていますね。
 本当の意味で、「語る」ように書くことが出来ます。

update: 1996/09/09
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