書評日記 第128冊
ご冗談でしょう、ファインマンさん R=P=ファインマン
岩波書店

 小学生の頃に偉人伝を読みました。「エジソン」とか「ファーブル」とか「リンカーン」とか「キューリー夫人」とか「野口英世」とか、いろいろ読みました・・・いや、読まされましたか。今、考えると非常に良いもの与えてくれたと思っています。確かに子供向けの偉人伝は、教訓っぽいところがあったり、人間の醜い部分が省いてあり、その人を神聖化してしまって、大人の目にはちょっと胡散臭いところがあるかもしれません。でも、子供の目から見れば、ある程度、善悪が簡略化されて、わかりやすい「善」の象徴として偉人を語られることにより、人間の「正しさ」や「創造性」というものをすんなりと理解することが出来ます。確かに、世の中は矛盾に満ちていて、どろどろしているけれども、それを何も知らない子供達に突きつけることは無い、と思うのですがいかがでしょうか? よく例に取られるのが、エジソンの子供時代、桜の木を誤って折ってしまい、それを正直に言ったことを褒められた、という場面があります。これの批判的な意見に「世の中というものは、そんなに甘くはない。正直さだけが、正しいのではない。」というものがあります。確かに、ごもっともです。大人の世界ではそうでしょう。社会生活というものは弱肉強食の世界でありますから、そのような厳しい態度、または、単純な善悪で割り切れない問題が沢山ありますし、防護策として偽りの事実さえも事実として通す必要があります。しかし、まだ、善悪の判断のつかない子供達に、そのような矛盾を抱えた大人の世界をそのまま提示してしまって良いのでしょうか?
 ファンタジーの世界では、善悪は非常に単純な形で描かれます。それと同じような手段をもって、子供向けの偉人伝を見て、そして、買い与えて欲しいと思います。そう、少なくとも、俺はそうやってここまで育ちました。ただ、ちょっと「素直」過ぎて、社会生活に適応できない部分があって、困ってはいるのですが、まあ、そこはなんとかなっています。段階を追って、良質なものを与えれば、子供というものは非常に吸収力が強いものですから、素直に彼や彼女の「心」を捉えてくれます。所謂、子供むけの偉人伝というものは大人社会の「善」と「成功」の象徴だと思うのですが、あなたはどう思われますか?

 ちょっと、調子を変えて現実的に。
 そう、本日の一冊は、R=P=ファインマンの自伝であり、エッセー集である。ファインマンは、ノーベル物理学賞を取った人である。いわゆる、成功者ってやつね。読むと解るが、彼は子供の時から非常に頭が良く、聡明であって、ユーモアがあった。勿論、これは家庭環境もあって、彼のような人物を再び創り出そうとするのは容易ではないことが解る。つまり、これは、大人向けの偉人伝なわけだ。
 実は、俺が学生時代、とある教授に薦められた。理由は簡単だ。理系学生にとって、そして、科学者の卵にとって、ファインマンの発想方式というのは、とても大切な部分を含んでいるからだ。そう、俺は、生協書籍部でその本を見つけて、読もうとしていた、その時、友達がやってきて「なんで、成功者の本なんて読まなくちゃならないの?」と言った。俺は、何か、恥ずかしくなって、本を置いてしまった。
 あれから、ずーっと気になっていた本だった。8年間、見掛ける度に気になっていた。でも、彼の科白がネックになっていた。先日、やっと買うことが出来た。彼を裏切るような感じがして気分が良くなかった。今日、帰りの電車の中で読んでいたのだが、やっぱり、面白いと思った。ファインマンのセンスは抜群だ。ユーモアがある。知識もあるし智恵もある。やっぱり、成功する人は違う、と思った。感心した。追随したいと思った。素直にそう思える本だった。
 浪人時代、「ビッグ・ブルー」というIBMの成功譚が読んだ。「コーラ戦争に勝った」というペプシコーラの成功譚を読んだ。
 俺は、成功者に対して、羨ましいとも妬ましとも思わない。追随したいと思う。まだ若いからなのか。それとも無謀なだけなのか。ただ、俺が、若い人達に言いたいのは、自分の能力を決め付けるな、ということ。君の頭は、もっと活発に、そして、有効に使うべきだ、ということ。
 こういう「偉人伝」には、そういったヒントが一杯つまっていると思う。彼が今、どういう職業に就いているのかは、知らない。現実的な男であったから、それなりに仕事をこなしていると思う。なんか、彼を裏切るようで、気分が悪いのだけど、俺はこれが面白かったし、皆に薦める。俺は、自分の能力に過信はしないけれども、その程度がどれくらいであるかは決めない。常に伸びるものだろうから。彼は、今の俺をどう見るだろうか。共に喜んでくれればいいのだが。

update: 1996/09/09
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