書評日記 第292冊
読み始めると、宮澤賢治のような雰囲気がある。……ということは、ますむらひろしかもしれない。ただ、それほど現実離れしていなく、むしろ、俗世の部分が多くバーが多く出てくるのは半村良に似ている。
主体は、幽霊のはなし。
いや、霊魂の話と言った方がいい。
霊を語るという点であっという間に幻想的な分野に走ってしまうかと云えばそうではない。現世の中にあるリアリティの中に霊が潜むという部分に注目するのだろうか。
恐い存在ではなく、親しみとしての霊の存在の中から、優しさを導き出そうとするのは間違いだろうか。
不思議なと云えば、誉め言葉になるだろうが、幽霊を対象とするがゆえに小説の中のストーリー性というものから遊離してしまっているような気がする。無論、小説の中にストーリーという時間の流れを含めねばいけない理由は無く、つらつらと書き連ねられる霊魂の陰影を描くだけで十分だと思う。
あくせくした過去から未来への変遷の中間にいる現在という時間でのひとつの出来事を切り取る意味で、おもしろい作品だと思う。
他に類を見ない……というような壮言さは無い。誰にでも描けるようなつたなさを感じるような文体である。ただし、小説家となっているから、文体が一定レベルに達しているのは当然である。
ただ、霊魂の響き(それが哀しみであれ喜びであれ)に耳を傾けられる敏感さを持った人を描く。その点で、非常に優れていると思う。
とりあえず、一冊。
他のを読むと彼の雰囲気が掴めるかもしれない。
半村良のような広がりがあるのかもしれない。
update: 1997/05/06
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