書評日記 第443冊
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スミヤキストQの冒険
倉橋由美子
講談社文芸文庫 ISBNISBN4-06-196006-7
一青年Qが、H感化院にやって来て、去る話である。
「革命」を目指すスミヤキストは、確かにマルキストのパロディかもしれない。ただ、『スミヤキストQの冒険』が単なるパロディに陥らないのは、そのスタイルがトーマス・マン著『魔の山』を思わせるからだろう。人の心の冒険は、山の上か、地下で行われると言っても良い。平地では見当たらないような変化(へんげ)=ユートピアを求めて、それを目の当たりにしようとするのである。
発刊した当時である70年代という時代を考えれば、ある種の批判を込めたものである、と疑われても仕方がないことなのかもしれない。事実、多少の左翼批判はあっただろう。島田雅彦が「サヨク」という言葉にこだわる10分の1ぐらいはあったかもしれない。
けれども、そういう大上段な社会批判ではなくて、かつ、反社会批判でもなくて、極めて個人的な楽しみのためにこの小説は創られているのではないか、と私は思ってしまう。カフカの『審判』を思わせるような空白の多い小説世界は、無限の白塗りの壁の向こうには、どうどうと流れ落ちる風評だけを持った音の無い滝があるのではないか、という漠然たる想いを感じさせてくれる。静かに流れる水の音は耳が痛いまでに無言であって、超擬人化される大地を支えるヘラクレスの陰毛のような感じである。…ようわからんけど。
ま、それは置いといて、『スミヤキストQの冒険』全編にカニバリズムがちりばめられる。食人を中心に据えた大岡昇平の『野火』もあれば、谷崎潤一郎の『美食倶楽部』もある。夢野久作の青白い小説もあれば、江戸川乱歩の朗らかな少年美もある。松本清張の犯罪学もあるし、存在しない切り裂きジャックや、存在する食肉ジャップもいる。
ただ、「現代社会の奥深くにある人への恐怖と、乾燥した社会とその中で生きていくことを許された人々の亀裂が…」のように批 評じみて書かれるのは、いささか的外れであろう。
想像の翼は現実を超え、現実にフィードバックすることのない密かな悦楽を堪能するに足る、ということだと私は思う。
update: 1998/10/01
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