書評日記 第556冊
ハンニバル トマス・ハリス
新潮文庫 ISBN4-10-216704-8
『羊たちの沈黙』を映画で観て、原作を読み、『レッド・ドラゴン』を読み終え、『ブラック・サンデー』は途中で飽きてしまってから十年が経った。
『ハンニバル』は発売当日に買い一週間ほどで読み終えた。結末の驚異はなんとも言えない快感(と敢えて言っておこう)を刺激するものだった。
ミステリー小説(と思う)で内容に直接触れるのは無粋なので止めておく。
解説では舞台への導入部分とか前作からの登場部分とか、いろいろ褒めているが、『羊たちの沈黙』を読み、「プロファイル」関係のブームを巻き起こし、犯罪者・犯罪者予備軍への職業人的な対処、精神異常性・非社会性・非日常性が日常になる「犯罪=異常」を中心とした世界にどっぷりと浸かった読者=私にとっては、『ハンニバル』はトマス・ハリスの小説、という名目だけで十分なのだ。
レクター博士の情報がインターネット上で高く売買されるという小説内現実は、死体の写真や幼児虐待の文章やエロ・グロ・ポルノグラフィ溢れるウェッブページがたくさんある現実とマッチさせているのだろう。インターネットが数的に少数派であった人たちを擬似的な多数派(それはマスコミが行う手法と一緒)に押し上げたと同時に、さまざまな個人的な嗜好が表世界に溢れ出てきた。ネット犯罪ではないが、スリル感は士郎正宗の『攻殻機動隊』に酷似している。クラリス=草薙少佐とするには、クラリス自身は独立・闊達ではないもののヒロインが何かを相手取って戦う(特に政治屋とは別のところで、むしろ官警に虐められながら)シーンはそれを思わせる。
にしても、トマス・ハリスの著者近影を初めてみた(初めて公開されたと思う)のだが、髭を生やした顔は、オリバー・サックスやウンベルト・エーコのように見える。あの穏和な顔からこの凄まじいストーリーが生み出されるのかと思うと人は見掛けに寄らない(嘘嘘)ことを思い出させてくれる。彼は精神異常者なのか。いや、そんなことは絶対にない。なぜならば、ヘンリー・ダーガーのように狂気と現実を行き来できるのは、絶対的な健常者しか許されないのだから。(と希望的観測を述べておこう)
update: 2000/05/21
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