書評日記 第577冊
蜘蛛女のキス マヌエル・プイグ
集英社文庫 ISBN4-08-760151-X
全編が会話体になっている。拘留所で二人の男が話す。ゲイの男とテロリスト活動で捕まった男の二人がいて、ゲイの男が映画の話をする。解説で書かれている通りラテンアメリカ文学なのだが重くはない。リョサやマルケスのように重厚ではない。とはいえ、ヘンミングウェイに対するフェッツジェラルドという立場ではなくて、もっと独自な分野を築いているのだと思う。
地の文が全く無いので時間の経過は二人の会話だけで形成される。主にモリーナが映画の話をして小説を進めていくのだけれど、退屈という感じはまるでしない。場所は拘留所内から全く動かないので風景描写だとか季節の変化だとか他の人が登場することは全くない。なのに退屈にはならずむしろモリーナの話を聞くバレンティンのようにずっと話を聞いていたい気になる。プイグは小説としてのストーリー性も忘れてはいずにちょっとした細工をしてある。それは半分まで読み進めないと分からない巧妙さ。
全編を通して〈ゲイ〉の問題が取り扱われてフロイト心理学を中心に社会学的な部分まで踏み込んで――多分、原註は意識的に註の形式を取っていると思う――考察してある。それ分だけ「蜘蛛女のキス」には説得力がある。また、プイグが資料を集めていることが分かる。プイグ自身がホモであるかどうかは別として、モリーナはゲイというカテゴリにありつつも唯一な存在になっている。どこまでが自然でどこからが倒錯的であるのかは非常に個人的(あるいは二人の関係の中で閉じられた)ものである。だから、敢えて分析的であろうとしなければラストのバレンティンの行為も人間として自然な姿ではないか、と思えてくる。無理がない。環境と状況が揃えば人は行き着くところに行けるのではないか、と思えてくる。勿論、その先も本当の人生にはあるのだが。
長くあっても長くはない。長野まゆみの「テレビジョン・シティ」のような傑作である。
update: 2000/07/29
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