書評日記 第633冊
桃花源奇譚 井上裕美子
中公文庫 ISBN4-12-203753-0
先日、ロマン・ポランスキー監督の『戦場のピアニスト』を観に行った。あとから調べてみると何気に『シンドラーのリスト』と比較され、その出来栄えを誉めているWebページが多い。実は『シンドラーのリスト』の映画のほうは観ていなくて、ユダヤ人迫害――ホロコーストと云うそうだ――をあたら映像に仕立て上げようとする風潮と何故にスピルバーグ監督?という疑問から、原作しか読んでいないのだが、明らかに『戦場のピアニスト』のほうが映画が一番に欲する衝撃的な映像・誇張された感情が意図的に押さえられている。ドイツ兵がゲットーでユダヤ人を伏せさせて端から一人ずつ撃っていくシーンは、衝撃的ではあるものの、誇張されていない事実に基づいた(あるいは原作の著者シュピルマンの心に根付いた)という、削ぎ落としすら為されているような気がした。
原作のほうを現在読んでいる途中なので、また読了したら書こうと思う。
で、毎日書評日記を書こうと思ったら本棚から読了済みの本を引っ張り出してこないといけないわけで……井上裕美子著『桃花源奇譚』がそれ。
実は初出が1992年だから新しい本でもない。井上裕美子という作家を知らなくて、たま〜にこういう『十二国史』みたいなのを読みたくなって本屋から拾ってくるのだが……嵌りました。面白いです。
パートナー的には最初の1冊めを読んだときに結末が想像できるし、その結末もちょっとあれあれ?という部分があって、しっくり来ないとか何とか云っていましたが、私より早く全4巻を読み終えているわけですから、真実は態度に表れていますね。
わんぱくな王子、秀才、剣が達者な美少女、悪人らしき悪人……という設定は三国志風でもあるしリボンの騎士風でもあり、最後は王になるわけだから十二国史に似ていなくもない。ただし、完全な創作ではなくて、中国の歴史上に沿った話であって、アレンジは加えてあるけれども事実に反しているわけではない。登場人物がごろごろ出てくる点は、グインサーガを思わせる広がりもあります。
端的に云って、冒険譚は舞台があちこちに移動するところが面白く、そこここで噴出する事件や人やあっちで関わってきた人がこっちに絡んでくるとか、そういう読み進めて変化に富んでいるというストーリーが楽しいわけで、『桃花源奇譚』はこれにあたります。
ただ、史実に基づいてってのが仇になってしまうというか、この話、4冊で終わってしまいます。もっと長くてもいいかな、とも思えるし、最後の1冊にばたばたっと結末を織り込んでしまうのは多少無理があった、というか、そのあたりが「え〜?、納得いか〜ん」という部分なのでしょう。
他にも中国歴史小説を書いているから、それを読めばいいんだけど。
あと、蛇足ですが、表紙を描いているひろき真冬は最近個展を開いていました。何処だか忘れたが……。
update: 2003/04/23
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