書評日記 第132冊
われはロボット アイザック・アシモフ

 日曜日、上野駅で創作系の方と会いました。作品を持ってきてもらう約束だったので、出歩きも早々に喫茶店へ直行。あ、途中の歩行者天国でS&Gの「スカボロー・フェアー」を弾いているおじさんがいました。巧かったもそうですが、なつかしくて聞き惚れてしまいました。そう、俺が唯一真面目に練習した曲です。カポを付けて弾きますが、結構簡単な曲です。落ちいて、なんにも出来なかった頃に、部屋で練習していた曲でした。

 ま、それはさておき、彼女の絵、見せてもらって、うーむ、劣等感を呼び覚まされそう。なーんーで、「プロ」にならないのか不思議なぐらい巧い絵でした。それとも、イラストレーターには、あのレベルの絵がごろごろしているのでしょうか?
 いや、ね、最初は彼女を励ますつもりで話していたわけです。聞くところによると、彼女、家に籠りっぱなしのようだし、就職もしていないし、また、絵の出展もあやぶむようだし・・・キッカケが必要なのでしょうか。ちょっと、よく解りませんが。
 んで、励ますつもりが、いつの間にやら、励まされている感じになっていました。「?」とも思いましたが、まあ、いいかと思い、話し続けました。

 そう、俺は、一体何をやりたいんでしょうか?、確かに、「小説家」には成りたいのだけれど、ベストセラー作家になって、金儲けがしたいとは思っていません。そう、物欲が少ないほうで、ちょっとした楽しみを埋めるだけのお金があれば十分です。ある意味では、今の会社の給料で十分です。社会的な出世は望んではいないし、最早、暖かい家庭を望む立場にもありません。となると、俺のやりたい事は、そう、「物書き」でしょうか。あんでもいいから、ちょこちょこ書かせてくれる場があれば、いいのでしょうか?、だったら、こうやってHPで個人的に書いているだけでもいいような気もします。それこそ、趣味でやって、同人誌を作るだけで十分だと思います。そんな話を続ける内に、ひとつの科白が浮き上がりました。

 「俺は、本を作家で読んでいる。そう、書評日記で100人以上書いたけど、みんな好きな作家ばかりなんだ。そして、作家になって、好きな作家と話をしたい。」
 「うーん、まわりくどいね。」

 そう、実にまわりくどい。
 一体、何がしたいんだろうか。彼女と別れてもずーっと考え続けていました。

 で、今日、もうちょっと堅実にやろうと思って、書店で「公募ガイド」と「SFマガジン」を買って、道玄坂を歩いていまいした。そして、ふと、気がつきました。
 そう、俺は、好きな作家と対等に話がしたいのです。彼らが好むような人物になって、話がしたい。漫画家になりたい時もそうでした。俺の好きな漫画家と同じ舞台に立って、漫画を描いてみたい。そして、会ってみたい。物理学をやっていた時も、プログラムをやっていた時もそうです。そういう才能の溢れる人達と話がしたい。それには、やっぱり、自分の能力を磨かなくちゃならないでしょう?、じゃないとそれは単に「ファン心理」に過ぎない。俺は、そういう自分の憧れている人達の仲間になりたい。そして、話がしたい。そうして、俺を見つけて欲しい。ここにいる俺を、一生懸命やって、毎日毎日自らを磨きつつある、そして、何者かなった暁には、仲間として話がしたいわけです。いろんな話が。
 だから、好きな作家が死ぬ度にがっくり来るわけです。作品が読めないというよりも、もう、絶対、会って話しをすることができなくなっちゃうんだなあ、という感じで落ち込みます。
 まあ、これが、俺の方法ですね。>Nさん。

 ああ、本日の一冊を忘れるところでした。もうこうなると、書評日記とは云えないけど、まあ、いいでしょう。アイザック・アシモフ「われはロボット」(早川文庫)です。
 俺が、一番最初に読んだSFだと思います。理系な子供でしたからロボットが好きでした。人間味のあるロボットが好きでしたね。「われはロボット」はそういう人間味のあるロボット、だけれども、ロボット三原則に縛られてしまうロボット達の話です。ロボットってのは、人間の「投影」ですね。しかも、強い力を持ちつつ虐げられてしまう存在。うーむ、「奴隷」を思い出すのは、ちょっと離れ過ぎですが・・・。
 アシモフとも話がしたかったよな。じじい好きな俺としては、話がしたい作家がどんどん減ってきて、ちょっと寂しい。それで焦っているのかなあ。よくわかりません。

update: 1996/09/09
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