サド侯爵の生涯 澁澤龍彦
中公文庫 ISBNISBN4-12-201030-6
サド文学に触れる時に、マルキ・ド・サド自身の生涯について知る必要があるかどうか、疑問が持たれる。というのも、この本でも言及しているように、当時の公俗がサド思想を受け入れ難いものであったという過去形で語られるように、現在の公俗は昔よりも許容範囲を広くしている。これが未来永劫においては本当の意味での言論・思想の自由(それが「自由」であるかどうかは別として)が認められると想像するならば、人間・サドが対抗し続けていったものは、あくまで「当時の公俗」にすぎないことになる。当然、そうでなくしては為し得なかったサド文学がありサドの作品群があるわけなのだが、その背景を知ることは独立したサド文学への解釈を妨げるものになるのではないだろうか。つまりは、サドを村上龍や酒見賢一や空山基やカフカと比較する時に、色をつけることになるのではないか、という懸念が私にはある。
ニーチェもドストウェスキーもフロイトも精神異常者として生涯を終えたことと比較すれば、現在においてSMという形でレッテルを貼られるにせよ、つねに正常人であったサドという人物は、見習うべき作家の人生として認められるものがあるかもしれない。もっとも、彼の若い頃の淫行がどの社会風習からも認められるものでもなく、常に影の部分でしか為し得なかった経験であることを踏まえれば、単純に轍を踏むには精神的にも社会生活的にも危険が多すぎる。ただし、高橋鐵に言わせれば「夫婦性生活の中で、それぞれの鬱憤を適度に晴らすことができるならば、それが望ましい」。これは、すべての行動を性衝動と「分析」してしまうフロイト心理学を踏まえて、社会適応者としての「治療」をほどこす彼の見方である。この科白にこそ、社会学と心理学の違いが含まれる。そして、社会学的に分析してしまうサドやその他の変態者、または、昨今表だってきてしまった数々の淫行、露出狂、スカトロジ、フェチシズム、という分類・類型化よりは、私は個々に考えることができる個別化の部分にある多様性を支持していきたい。それがすべてを網羅することができなくて当然である未知領域をそのままとする既知への閉鎖性を意味するものだとしても、私ができる範囲はそこまでなのだと思う。むろん、サドにしてもそうであっただろうし、大江健三郎にしてもそうである。
だから、サドのひどく個人的な事情を突き詰めていけば、彼の創り出したSMという幻想は、社会が必要としたリビドーに違いあるまい。それがサドであるべきだったのか否かは別として、牢獄に入るべく不適合な行動を起こし続けた彼の苛立たしさは、彼個人の範囲をとうに超えていたとみるのが公平な見方だと思う。ただ、サドが生きた社会にてサド文学は認められざるものであり、また、認められざるものだからサド文学が産み出される必然性を持っていたのだとしたら、彼の不遇とみえる人生はどういう意味合いを持つことになるのだろうか。
むろん、一代限りではなく、これからもマルキ・ド・サドの名が文学史にも精神史にも残ることは間違いないのだが、果たして、それらの栄光は本当に栄光と呼べるものなのだろうか、という不安が私にはある。むしろ、貴族であった青年サドは、ちょっとした淫行とサディズムに走るだけの分別を持ち合わせ、フランス革命の中で細々と没落していくのが個人史としてのしあわせを意味するのではないだろうか。
カフカやサドを特別な人として排除してしまうことも可能であるし、澁澤龍彦のアプローチは隠されたサドの姿を掘り起こすことで、サドという名を同時にサド文学の路線を敷いていくこともできる。
「愛され方を知らなかった」永山則夫と同じであった、というのは過言であろうか。
ひとつの仕事をこなすには、情報社会の中から隔絶されなければならないとするのは退行なのだろうか。